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ボクシング大好きクラブα |
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オスカー・ラリオス(Oscar Larios、1976年11月1日- )は、メキシコのプロボクサー。元WBC認定世界スーパーバンタム級及び現WBC世界フェザー級チャンピオン。長いリーチから繰り出す強打を得意とし、打たれ強さと豊富なスタミナを生かした粘りのあるボクシングを展開する。愛称は「Chololo(チョロロ)」。また、仲里繁や福島学など、多くの日本人ボクサーと対戦し倒した経験がある。身長170.4cm。
1994年1月14日に17歳でプロデビュー。デビュー後は連戦連勝を重ねるが、1997年4月12日に後にタイトルマッチで再会するイスラエル・バスケスに初黒星を喫する。
1998年10月23日にはアガピト・サンチェスの持つWBOインターコンチネンタルスーパーバンタム級タイトルに挑戦するが5回TKOで敗れる。しかし、11月21日には全メキシコスーパーバンタム級タイトルを獲得した。この国内タイトルの防衛は8度に及び、2000年6月24日にはセサール・ソトを12回判定で破りWBCタイトル指名挑戦権を手にする。しかし、2001年1月19日の世界初挑戦はウィリー・ホーリーンに12回判定で敗れ、タイトルを手にする事は出来なかった。
世界タイトル奪取はならなかったが、同年10月19日WBA中米スーパーバンタム級タイトル、FECARBOXスーパーバンタム級タイトルを獲得する。
2002年5月17日には2度目の世界タイトル戦としてイスラエル・バスケスと対戦し、12回TKO勝ちしてWBCスーパーバンタム級暫定王者になった。
WBC暫定タイトルを獲得したラリオスは2002年8月24日に国技館で福島学を8回TKOに下して初防衛に成功し、さらに11月1日には正規王者のウィリー・ホーリーンとの王座統一戦に1回TKOで勝利して正規王者となる。
その後、ラリオスは3年近くの長期政権を築く。その間、2003年4月26日、2004年3月6日の2回仲里繁の挑戦を退けている。ラリオスは9度の防衛に成功したが、徐々に減量に苦しむようになり、10度目の防衛戦となる2005年12月3日のイスラエル・バスケス戦で3回TKOで敗れタイトルを失った。
タイトルを奪取されたラリオスであったが、階級をスーパーフェザー級まで上げて、マニー・パッキャオの持つWBCインターナショナルタイトルに挑むが12回判定で敗れる。
その後、フェザー級に階級を落とし、2007年7月21日に帝拳ボクシングジム所属のホルヘ・リナレスとWBCフェザー級暫定タイトル争うが、10回TKOで破れ二階級制覇に失敗した。
しかし、2008年5月31日にホルヘ・リナレスの防衛戦中止を受けて急遽開催されることとなったWBC世界フェザー級暫定王者決定戦に出場、フェイデル・ビロリアを5RTKOで降し、暫定タイトルを獲得した。これによりスーパーバンタム級に次ぐ二階級制覇を達成した。
8月12日にホルヘ・リナレスがWBC世界フェザー級王座を返上したため正規王者に昇格。
10月16日、来日しWBC世界フェザー級9位の粟生隆寛の挑戦を受ける。序盤から動きに精彩を欠き4Rにカウンターでダウンを奪われたが、そこからアウトボクシングに切り替えてポイントを稼ぎ、スプリット判定(2-1)で防衛に成功した。
本名 | オスカー・ラリオス |
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通称 | Chololo |
階級 | フェザー級 |
国籍 | メキシコ |
誕生日 | 1976年11月1日(32歳) |
出身地 | メキシコハリスコ州 |
スタイル | 右オーソドックス |
プロボクシング戦績 | |
総試合数 | 71 |
勝ち | 64 |
KO勝ち | 40 |
敗け | 6 |
引き分け | 1 |